核のない世界、九条輝く日本を
―原水爆禁止2006年世界大会・広島―
「核兵器のない世界を。憲法の輝く非核日本を」―。原水爆禁止世界大会・広島は8月4日から開かれ、6日、21カ国の海外代表を含む8500人の拍手で「広島からのよびかけ」を採択し、閉会しました。
「あの地獄を誰の上にも繰り返すな」との被爆者の訴えは、全世界に広がり、大きな流れとなっています。一方、アメリカは、先制攻撃と核使用計画を推進し、日本を出撃拠点としようとしています。世界大会は、こうした事態をどうみるかを議論、さらに各国と日本の草の根のたたかいを交流し、核兵器廃絶を現実にする運動方向をうちだしました。
閉会総会で、日本原水協の高草木博事務局長は「核兵器廃絶の世界的な流れの源流は、地道な草の根の署名行動だ」とのべ、10月に開かれる国連総会にむけ署名を大きくすすめよう」と提起。「草の根から非核・平和の流れをつくりだすたたかいは、われわれのこうどうにかかっている。『広島からのよびかけ』を手に前進しよう」と訴えました。
原爆症認定を求めた41人の原告の訴えを認めた広島地裁判決に国は従い、控訴を断念し、被爆者政策を転換するよう求める特別決議も採択されました。
本大会には蕨からも6人の代表が参加しています。以下は日本共産党から代表派遣された方の報告です。
〜原水爆禁止2006年世界大会に参加して〜
日本共産党 鈴木 稔
今回私は、約十年ぶりに蕨代表団の一員として世界大会に参加しました。梅雨あけと共に夏の暑さが戻り、終戦の年もこのような暑さだったと思い出しました。
海外代表二十一カ国七十名と国内参加者七千三百名で会場は大変な熱気でした。この席上、広島原爆症訴訟が大阪訴訟に続いて勝利したことが伝えられ、会場全体、全参加者が喜びを分かちあいました。各発言者の言葉に賛同したり、うなづいたり、感心したりでした。国際会議宣言を採択して一日目は終わりまし
二日目は、私は遺跡と碑めぐりを行いました。案内してくださったのは被爆者の方でした。遺跡の一つ一つに色々な物語があり、その犠牲者は当時の女学生や中学生でした。この人たちが軍や政府の命令で、否応もなく強制的に軍の施設で働かされ犠牲になってしまったのです。悲惨は話だと思いました。
最終日は「核のない世界・九条輝く日本を」広島からの呼びかけを採択して無事に終わりました。
代表団に参加していつも思うのは、会場の中でも外でも平和公園でも若い人が一杯参加していることです。地元で活動していると若い人の姿が見えませんが、広島へ行くと若者を大勢見かけ、この人たちが私たちの後に続いてきていると確信してきました。広島で見聞したことを参考にしながら、元気なうちは平和運動に微力をつくして行きたいと思っています。すみやかに核兵器をなくすために。
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